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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成元年(ワ)115号 判決

原告 金原進こと 金原進泰

右訴訟代理人弁護士 後藤年宏

被告 尾崎照敏

右訴訟代理人弁護士 鈴木光友

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金四二四万三七二四円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  別紙物件目録記載の土地・建物(以下「本件土地・建物」という)は宇佐美うめ子の所有であるが、原告は、昭和五七年一一月二四日、本件土地・建物に対し、債務者を和賀晶二として、極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、静岡地方法務局新居出張所同月二五日受付第九四七七号をもって設定登記手続を経由し、昭和五八年四月二三日和賀晶二に対し金七〇〇万円を貸し付けた(甲五)。

2  ところで、本件土地については、加藤允朗を根抵当権者として極度額五〇〇万円とする同出張所昭和五七年一一月一〇日受付第九〇一三号順位一番の根抵当権(以下「加藤の根抵当権」という)が設定されていたが、加藤の根抵当権は、同出張所同月二五日受付第九四七六号同月二四日解除を原因として抹消された。そのため、原告が根抵当権を設定する当時、原告の根抵当権に優先する担保権は存在しなかった(甲一)ものである。

3  ところがその後、加藤から豊橋簡易裁判所に対し、宇佐美及び原告を相手にして、前記解除により抹消された根抵当権の抹消回復登記請求及び同回復登記の承諾請求の訴えが提起され、昭和六二年五月二七日、加藤勝訴の判決が言い渡され、そのころ同判決は確定し、昭和六三年四月一一日その旨回復登記が経由された(甲一、三)。

4  しかるところ、本件土地・建物について、静岡地方裁判所浜松支部不動産競売事件において競落許可決定があり、平成二年五月二五日配当が実施された。その結果、加藤の根抵当権を承継した大和紡績株式会社が、原告に優先して四二四万三七二四円の配当を受けたが、右配当金は、加藤の根抵当権の回復登記がなされなければ、原告に配当されるはずのものであった(甲六、七)。

二  主要な争点

原告は、以下に述べるとおり、被告が司法書士として職務上もしくは条理上尽くすべき義務に違反した過失により、前記のとおり得べかりし配当金に相当する損害が生じたものである旨主張し、被告は、過失の存在、損害の発生、過失と損害との間の因果関係を争うものである。

すなわち、被告は、加藤から本件土地に対する根抵当権設定登記手続を依頼され、前記のとおり加藤の根抵当権設定登記申請手続をし、登記手続完了後、法務局からその登記済証の交付を受けていたものであるが、司法書士としては、登記済証は登記権利者の承諾等のないかぎり登記義務者に引き渡してはならない義務があるのにもかかわらず、登記権利者である加藤の承諾等を得ることなく、登記義務者である宇佐美にこれを引き渡した過失がある。そのため、宇佐美は、これを利用して、同根抵当権の抹消登記手続を経由し、その結果、原告は、本件土地に対する加藤の根抵当権は正当に抹消されたものと信じて、本件土地・建物に対して根抵当権を設定して、和賀に対して七〇〇万円を貸し付け、前記のとおりの損害を被ったものである。

第三主要な争点に対する当裁判所の判断

一  司法書士としての職務上の義務違反の有無

根抵当権の設定登記申請手続の依頼を受けた司法書士の職務上の注意義務を考えるに当たっては、司法書士の職責等を規定する司法書士法によって検討するのを相当と解されるところ、同法によれば、司法書士は、登記申請手続の専門家として、依頼者の意に沿った正確な登記を実現することはもとより、登記完了後は依頼者から預かった関係書類あるいは登記所から交付を受けた登記済証等をそれぞれ還付を受けるべき依頼者に間違いなく引き渡し、もって依頼者の権利が十分に保全されるよう善良な管理者として十分注意を尽くすべき義務を負っていることは明らかである(同法一条、一条の二、二条)。従って、司法書士として、登記権利者の承諾等がないのに、登記済証を登記義務者に引き渡すというようなことは、依頼者である登記権利者に対する関係で、重大な義務違反であることはいうまでもない。しかしながら、司法書士が負担するこれらの注意義務は、司法書士と依頼者との関係を(準)委任とみるか請負とみるか等の法的性質の点はともかく、登記の依頼を受けた者として依頼者に対して負担する債権関係上の義務に止まるものであって、司法書士法八条ないし一一条に定められているような一般第三者に対する関係で抽象的・一般的に負担する司法書士の地位に付随する職務上の義務であると解することはできない。なお、同法一条の二の規定も司法書士に対してそのような義務を課したものとは解されないし、他にそのように解すべき成法上の根拠を見出すこともできない。これを要約して述べれば、司法書士には、登記済証を登記権利者の承諾等を受けずに登記義務者に引き渡し、違法な登記がなされるといったことがないように注意すべき一般的な職務上の義務はないということにほかならない。

よって、被告に司法書士として右のような職務上の義務があることを前提とする原告の主張は採用できない。

二  条理上の義務違反の有無

確かに、被告が、登記権利者である加藤の承諾等得ることなく、本件登記済証を登記義務者である宇佐美に渡した行為は、登記申請事務を取り扱う専門家である司法書士として軽率な行為であることは否めないし、登記義務者がこれら登記済証を悪用して第三者から不法に金融を得ることも有り得ることからすれば、被告の右行為が社会的にも消極的評価を受けるべきは当然というべきである。しかしながら、登記済証を受け取った登記義務者が常に右のような違法行為に出るという経験則はなく、被告の右行為自体が直ちに、一般市民の財産、自由に対し危険を与える行為とまではいえないものであることなどに鑑みると、被告において、本件登記済証を宇佐美に渡す際、同人がこれを悪用して加藤の根抵当権を抹消するなどしたうえ、原告を含む第三者に対して根抵当権を設定して金融を得るような行為に出ることを予見し、あるいは容易に予見できるような特別の事情でもあれば格別、そのような事情のないかぎり、被告の右行為をもって、条理上も社会的に危険な違法行為(過失)とまで評価することはできない。そして本件全証拠によっても、被告が本件登記済証を登記義務者である宇佐美に渡した際、そのような特別の事情の存在したことを認めるには不十分である。

従って、被告には条理上の義務違反(過失)も認められない。

三  そうすると、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官 福田皓一)

別紙〈省略〉

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